SIBO は、通常大腸にいるべき細菌が小腸で異常に増殖する疾患です。単なる消化器の問題ではなく、全身の健康に影響を及ぼす重要な疾患であり、過敏性腸症候群と症状が似ているため見過ごされやすい特徴があります。
本稿では、SIBO の症状、背景にある生化学的メカニズム、最新の研究知見について詳しく解説します。読者の皆様は以下の知識を得ることができます
- SIBO が引き起こす消化器症状と全身症状の理解
- 胆汁酸の脱抱合、短鎖脂肪酸の過剰産生、ビタミン B12 欠乏など、SIBO の生化学的メカニズム
- メタン産生菌による便秘、腸脳軸を介した精神症状、バイオフィルム形成など、最新の研究知見
- 過敏性腸症候群(IBS)との関連性
SIBO とは何か
**SIBO(Small Intestinal Bacterial Overgrowth:小腸内細菌異常増殖症)**は、通常は大腸に存在すべき細菌が小腸で異常に増殖する状態を指します。(※)
健康な状態では、小腸には細菌がほとんど存在しません。これは胃酸の働きや腸の蠕動運動(食べ物を前に送る動き)によって保たれています。しかし、これらの防御機能が低下すると、本来大腸にいるべき細菌が小腸に移動し、そこで増殖してしまいます。
SIBO と過敏性腸症候群(IBS)の関連
SIBO は過敏性腸症候群(IBS)と症状が非常に似ています。実際、IBS と診断された患者の約30〜40% が SIBO を併発していることが、複数のメタアナリシスで示されています。(※)
研究によれば、IBS 患者における SIBO の有病率は診断方法によって異なりますが、呼気検査を用いた場合は約 40%、培養検査を用いた場合は約 19% と報告されています。(※)
SIBO の主な症状
消化器症状
SIBO が進行すると、消化器系だけでなく、全身に様々な不調が現れます。
主な消化器症状
| 症状 | 詳細 |
|---|---|
| 腹部膨満感 | お腹が張るような感覚、ガスの増加による不快感 |
| 腹痛 | 小腸で発生するガスや炎症による痛みや違和感 |
| 下痢と便秘 | 交互に繰り返すことがある |
| 消化不良 | 食べ物が適切に消化されない |
栄養吸収障害
SIBO では、栄養の吸収が妨げられることで、以下の栄養素が欠乏する可能性があります
- 脂溶性ビタミン(A、D、E、K)
- ビタミン B12
- 鉄分
全身症状
- 慢性的な疲労感
- 体重減少
- 貧血
- 手足のしびれ(ビタミン B12 欠乏による神経症状)
graph TD
A[SIBO小腸内細菌異常増殖] --> B[細菌による代謝異常]
B --> C[胆汁酸の脱抱合]
B --> D[ビタミンB12の消費]
B --> E[ガスの過剰産生]
B --> F[腸管炎症]
C --> G[脂肪吸収不良]
D --> H[貧血・神経症状]
E --> I[腹部膨満感・腹痛]
F --> J[リーキーガット]
G --> K[脂溶性ビタミン欠乏]
J --> L[全身性炎症反応]SIBO の生化学的メカニズム
短鎖脂肪酸の産生と腸粘膜への影響
私たちが食事から摂取する食物繊維は、通常は大腸で発酵され、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸(SCFA)が生成されます。これらは大腸では有益な働きをします。
しかし、SIBO では小腸で異常な発酵が起こります。小腸は本来、短鎖脂肪酸の大量産生に適した環境ではありません。小腸での過剰な短鎖脂肪酸産生は、腸粘膜の刺激や浸透圧の変化を引き起こし、下痢などの症状につながります。
胆汁酸の脱抱合と脂肪吸収不良
胆汁酸は肝臓でコレステロールから作られる消化液の一部であり、主に脂肪の消化吸収を助ける役割を持っています。
正常な胆汁酸の働き
胆汁酸は、グリシンやタウリンなどのアミノ酸と結合することで抱合型胆汁酸となり、水に溶けやすくなります。これにより、小腸での脂肪の消化吸収がスムーズに行われます。
SIBO における胆汁酸代謝の異常
しかし、SIBO では小腸の細菌が抱合型胆汁酸を過剰に分解し、アミノ酸を切り離してしまう**脱抱合(だつほうごう)**が起こります。(※)
脱抱合が引き起こす問題
| 問題 | 説明 |
|---|---|
| 脂肪の乳化不良 | 脱抱合された胆汁酸は水に溶けにくくなり、脂肪の乳化(細かく分散させること)が適切に行われなくなる |
| 脂肪吸収不良 | 脂肪の消化吸収が妨げられ、下痢や脂肪便の原因となる (※) |
| 脂溶性ビタミン欠乏 | ビタミン A、D、E、K の吸収が妨げられる |
脱抱合された胆汁酸は腸粘膜に対して毒性を示し、炎症を引き起こすこともあります。(※)
graph LR
A[抱合型胆汁酸] --> B[SIBOによる細菌増殖]
B --> C[脱抱合アミノ酸が切り離される]
C --> D[非抱合型胆汁酸]
D --> E[水に溶けにくい]
E --> F[脂肪の乳化不良]
F --> G[脂肪吸収障害]
G --> H[下痢・脂肪便]
G --> I[脂溶性ビタミン欠乏]アミノ酸代謝異常とヒスタミン産生
SIBO では、腸内細菌がアミノ酸を異常に代謝し、アンモニアやヒスタミンなどの有害物質を産生することが分かっています。
特に、ヒスチジンというアミノ酸から細菌の代謝によってヒスタミンが産生されます。(※)
ヒスタミンは、免疫応答や炎症反応に関与する化学物質であり、過剰に生成されると以下のようなアレルギー症状を引き起こす可能性があります
- 皮膚のかゆみ
- 蕁麻疹(じんましん)
- 頭痛
- 鼻水
- 消化器症状の悪化
FODMAP の発酵とガス産生
**FODMAP(フォドマップ)**は、発酵性の炭水化物(Fermentable Oligosaccharides, Disaccharides, Monosaccharides And Polyols)の略称です。これらは小腸で吸収されにくく、細菌によって発酵されやすい特徴があります。
SIBO では、小腸内の細菌が FODMAP を過剰に発酵し、水素やメタンなどのガスを大量に産生します。これが腹部膨満感や腹痛の主な原因となります。
また、この過程で産生される乳酸は、腸管粘膜を刺激し、下痢を引き起こす可能性があります。
ビタミン B12 の消費と欠乏
SIBO では、小腸内の細菌が**ビタミン B12(コバラミン)**を消費してしまい、体内でビタミン B12 の欠乏が起こりやすくなります。(※)
細菌は、宿主(人間)の内因子(IF)と競合してビタミン B12 に結合し、吸収を妨げます。(※)
ビタミン B12 の重要な役割
- 赤血球の生産
- 神経の健康維持
- DNA 合成
B12 欠乏による症状
| 症状 | 説明 |
|---|---|
| 巨赤芽球性貧血 | 赤血球が正常に作られなくなる (※) |
| 手足のしびれ | 神経機能の低下 |
| 認知機能の低下 | 記憶力や集中力の減退 |
| 慢性的な疲労感 | エネルギー産生の低下 |
腸管透過性の増加(リーキーガット)
SIBO による持続的な炎症は、腸管上皮細胞間の**密着結合(タイトジャンクション)**の機能を低下させます。(※)
タイトジャンクションは、腸の細胞同士をつなぎ合わせる「セメント」のような役割を果たしています。この機能が低下すると
- 腸管のバリア機能が弱まる
- 不要な物質が体内に侵入する
- 全身性の炎症反応が引き起こされる
- 自己免疫反応を誘発する
この状態は**リーキーガット(腸管透過性の増加)**とも呼ばれ、SIBO の重要な合併症の一つです。(※)
graph TD
A[SIBOによる持続的炎症] --> B[タイトジャンクションの機能低下]
B --> C[腸管バリア機能の低下]
C --> D[細菌や毒素の侵入]
D --> E[免疫系の活性化]
E --> F[全身性炎症反応]
F --> G[自己免疫反応]
E --> H[食物アレルギー・過敏症]SIBO の最新研究知見
メタン産生菌優位型 SIBO と便秘
近年の研究では、メタン産生菌が優位な SIBOのタイプが特定されています。
メタン産生菌、特に**Methanobrevibacter smithii(メタノブレビバクター・スミシイ)**は、酸素のない環境で水素と二酸化炭素を利用してメタンガスを生成する微生物です。(※)
メタン産生菌の特徴
- 主に便秘を引き起こすことが特徴
- メタンガスが腸の運動を遅くする作用を持つ (※)
- 従来の治療法に対して抵抗性を示す
研究によれば、メタンガスは小腸の筋肉に直接作用して収縮を抑制し、腸管通過時間を遅らせることが示されています。(※)
腸脳軸と SIBO による精神症状
**腸脳軸(gut-brain axis)**は、腸と脳を結ぶ双方向のコミュニケーションネットワークです。(※)
SIBO が慢性化すると、腸内細菌のバランスが変化することで脳機能にも影響を与える可能性があることが分かってきました。(※)
腸脳軸を介した影響
| メカニズム | 影響 |
|---|---|
| 神経伝達物質の産生変化 | セロトニンや GABA などの脳内物質の産生に影響 |
| 炎症性サイトカインの増加 | 脳内の炎症を促進 |
| 迷走神経を介した信号伝達 | 腸から脳への直接的な神経信号 |
精神症状
- うつ症状
- 不安感
- 脳霧(brain fog:集中力や思考力の低下)
- 気分の変動
腸内微生物叢の乱れと精神症状の関連は、うつや不安などの精神疾患と SIBO の関連を解き明かす新しい研究分野として注目されています。(※)
バイオフィルム形成と治療の困難さ
SIBO の治療が難しくなる要因の一つとして、細菌がバイオフィルムを形成することが挙げられます。
バイオフィルムとは、細菌の集合体が作る保護膜のような構造です。細菌は粘液性の物質を分泌し、その中に身を隠すことで、抗生物質から身を守ります。
研究によれば、バイオフィルム内の細菌は、単独の細菌と比較して抗生物質に対する耐性が 100〜1000 倍も高いことが報告されています。
バイオフィルムの問題点
- 抗生物質の効果を妨げる
- 治療の成功率を低下させる
- 再発のリスクを高める
そのため、バイオフィルムを破壊する新たな治療法の研究が進められています。
まとめ
SIBO は単なる消化器の問題ではなく、栄養不足や全身の不調につながる可能性のある疾患です。
主な症状
- 腹部膨満感、腹痛、下痢、便秘などの消化器症状
- 慢性的な疲労感
- 脂溶性ビタミンや鉄分、ビタミン B12 の吸収障害による栄養不足
生化学的メカニズム
- 短鎖脂肪酸の過剰産生:小腸での異常発酵により腸粘膜を刺激
- 胆汁酸の脱抱合:脂肪の消化障害や脂溶性ビタミンの吸収不良
- アミノ酸代謝異常:ヒスタミンなどの有害物質の産生によるアレルギー症状
- FODMAP の異常発酵:ガスの過剰発生による腹部膨満感
- ビタミン B12 の消費:貧血や神経障害のリスク増加
- 腸管透過性の増加:リーキーガットによる全身性炎症反応
最新の研究知見
- メタン優位型 SIBO:メタン産生菌が便秘を引き起こし、従来の治療に抵抗性
- 腸脳軸:SIBO が慢性化すると脳機能に影響を与え、うつや不安症状を引き起こす可能性
- バイオフィルム形成:細菌が保護膜を作ることで抗生物質の効果が低下
SIBO に関する研究は日々進展しており、新たな診断法や治療法の開発が進められています。今後の研究の進展に注目しながら、正しい知識を持ち、適切な対策を取ることが健康維持の鍵となります。